アメブロ「エニグマのゴミ箱」二次創作テキスト置き場です。
今のところ(2014年 4月現在)イケメン王宮のアルバートとプリンセスのテキストしかありません。
!!!Caution!!!
二次創作であることとテキスト書き始めた頃は完全にサブキャラでしたので、アルバートのキャラクター(性格・行動様式)は管理人独自の設定になっております。騎士というより軍人のような…
ゼノ様激ラブなウブでかわいいアルバートをお望みの姫君は回れ右です。
(ちなみにプリンセスも公式設定からかなりかけ離れた性格です…)
ということを踏まえた上で、読んでみたい方はどうぞよろしくでございます。
※あまりないかとは思いますが、管理人への連絡はアメブロのメッセージへ投げてください。
Abfallkiste des Enigma
二次創作妄想小ネタ箱。そう、ゴミ箱ですw
Dec 31, 2019
Mar 4, 2015
Come vi piace
久しぶりにゆっくり出来る午後の筈だった。
柔らかな日差しも、梢を抜けて行く涼やかな風も、今の彼の気を惹く事は出来なかった。
「異状ありません」
彼の姿に気づいた衛兵はさっと敬礼をする。 騎士団長はその怜悧な眼差しで彼を一瞥し、庭園へ続く小門を通り抜ける。
野薔薇の茂みの奥にもその姿は見えなかった。西奥の例の庭園にも居なかったから、多分城館のどこかにいるのだろう。
ウィスタリアのプリンセスと外務官僚がシュタインに来て1週間が経つ。交易相との会談の為の非公式訪問だったのだが、帰国間際に国境付近の道路の崩落事故があり、復旧するまで滞在することとなったのだった。
官僚はここぞとばかりに外交に精を出す一方でプリンセスは、と言えば。さしたる用事もなければ、ただ徒に時間を潰すのみなのか。彼女は貴婦人達のサロンには あまり興味を示さない。今日もとある公爵夫人からの招待を体調不良と偽って欠席し、挙げ句の果てに部屋から脱走(女官の報告)ときている。
恒例化しつつある、この「かくれんぼ」に呆れながらもつき合っている自分に苦笑する。
門兵の言葉通り、庭園には誰もいなかった。ひょっとしたら彼の目を盗んで行き来したのかも知れないが、当人の姿がないのだから仕方がない。
明るい外から一転して、薄らと影を落とす城内の廊下に踏み入れたとき。
ぱたぱたと駆けてくる足音が後ろから響いてきた。
「アルバート様!」
プリンセス付の『小賢しい』女官は彼に追いつくと、挨拶もそこそこに息を切らしながら話し出す。
「マリオン様は?まだお部屋に、お戻りに、なってないんです。お外にも?」
「いなかったな」
見れば分かるだろう、とアルバートは女官ルルを見下ろした。建前上は具合が悪いことになっているのだから、部屋にいなければならないことくらいわかっていた筈だ。それを見て見ぬ振りをしていただろうに、何故今更捜そうとするのだ。
ルルは大きく深呼吸すると、アルバートを見上げて口角をにっとつり上げた。
「私が捜しに行けない場所に居らっしゃるのかもしれませんわ?アルバート様」
挑むような目つきは彼女の主人のそれにも似ていて、姉妹のようだと彼は思った。ただ、彼女の射抜くような強さはこの女官にはない。
「捜しに行けない場所だと?」
確かに彼女は一介の女官であり、ウィスタリアの人間だ。自由にこの城内を歩けるわけではないが、これの主人同様、持ち前の機転と行動力で、大抵の場所に足を踏み入れているではないか。ひょっとして国王の?と思ったがそれはさすがにあり得ない、と思い至ったとき。まさか。
女官はこちらの表情に気づいたのか、その顔は完全に笑顔となった。
「ええ。さすがアルバート様、お気づきなのですね?」
こいつは。人が気づいたのをしてやったりな顔で眺めてくるとは。更に女官の言葉で彼女の居場所にようやく見当がついたという事にも腹が立つ。
「わかった。ひとまず礼は言っておく」
どういたしまして、とルルは恭しくお辞儀をした。
踵を返し先を急ごうとする騎士団長に、ルルは声をかける。
「アルバート様。お忘れにならないでくださいね?」
アルバートは振り返った。
「くれぐれもお願い致します。私達はシュタインのものではございません。ウィスタリアに帰る者なのですから」
頭を下げたままの女官の表情は見えない。彼は「わかっている」と小さく呟いた。その遠回しな牽制の言葉に、彼の国の一筋縄ではいかない若手国王側近達の顔がちらついた。それなら外になど出さず、首に縄でもつけて檻の中に閉じ込めておけば良い。
『いいえ?プリンセスの命令には逆らえませんし、なにしろ貴国の陛下は我がプリンセスをことのほかお気に召したご様子ですから』と、教育係が口元だけに笑みを浮かべて語った言葉を思い出す。
女官の去った後、説明のつかない苦々しい気分を振り切るように、アルバートは目的の場所に向かって歩き出した。
アルバートは自分の私室に来ていた。
侍従がきちんと掃除を終えた状態で部屋は静まり返っていた。 ぐるりと見渡して、もう一つの扉へ向かう。
自分の部屋なのだから何も気にすることはない筈だが、静かにノブを回し音を立てないように少しだけ扉を開けて寝室へ体を滑り込ませた。
誰も、いない。だが。
明らかにその部屋の様子は違っていた。ベッドはきれいに整えられたままだが、その奥の本棚をみると、所々隙間が空いている。アルバートはゆっくりと本棚に近づき、床に落ちている一冊を拾った。
「どこにいるんです?プリンセス」
返事はない。ベッドの下を覗いてみると隠したつもりなのか、抜き取られた本が並べて置かれていただけだった。クローゼットか?と思い開いてみるがそこにもいなかった。
「…プリンセス?」
どこに隠れているんだ、と窓の外も見てみたが、さすがにそこは人の体を隠せるような場所ではない。振り返ってもう一度本棚に視線を戻す。ところどころに出来た本の隙間の位置と間隔を眺めると、もう一度そこへ近づいた。
「プリンセス、いい加減にしてください」
アルバートは本棚を見上げた。全く信じられない話だ。
「木に登るどころか」
アルバートは盛大に息を吐いた。
「本棚の上に登るとは。貴女は馬鹿ですか」
確かに人一人、プリンセスくらいの体なら余裕で乗ることが出来るほどの大きさの本棚ではあったが。それは本を置く為の棚で人を載せる棚ではない。
「だーって。普通に隠れたらすぐに見つかっちゃうじゃない?」
本棚の一番上に、寝そべるように体を横にし膝を曲げて両肘を着いてこちらを見下ろすプリンセスがいた。
プリンセスは降りる気配を見せていない。ドレスの腰のリボンがほどけて棚から垂れている。
「…猫ですか」
「にゃあ」
その可憐な鳴き声に、アルバートは思わず口元が緩みそうになるのを慌てて咳払いで抑えた。ここはきちんと戒めなければいけない。ウィスタリアの教育係に少なからず同情した。
「ふざけてないでさっさと降りてください」
そっぽを向いて、片手で頬杖をつきながらもう片方の手で解けたリボンを持ってくるくると振っている。猫のふりを続けるつもりなのか。
「そのまま飛び降りればいいでしょう」
どうせ下はベッドだ。そのつもりでプリンセスもよじ登ったに違いない。が、いつまでもこのままでは時間を無駄にしてしまう。
「…マリオン!」
「えっ?」
プリンセスが驚いた瞬間、彼女の肘が棚の上から外れて体のバランスを崩した。
「きゃ…」
そのままベッドの上にどさっと落ちたかと思うと…運悪くそこはアルバートから向こう側のベッドの端で、プリンセスの体はさらに床の上に転がり落ちてしまった。
硬いもの(頭)がぶつかる鈍い音とともに「いったあ…」というプリンセスの「人間」の言葉が聞こえてきた。
マリオンのそばに駆け寄ると、彼女は床に仰向けに寝転がったままだった。長い髪が彼女の顔を覆い隠して、紅い唇しか見えない。
「着地が下手な猫など聞いたことがない」
小さな笑い声がその唇から洩れた。
「大丈夫か?」
アルバートは膝をついて、覆いかぶさるように真上からマリオンの顔を覗き込んだ。
「うん。失敗失敗」照れ隠しの言葉と共に唇から舌先が小さく覗いた。
ゆっくりと指でマリオンの顔にまとわりつく絹糸のような髪を払いのけてゆく。少しくすぐったそうに閉じた瞼をそっとなぞり、ほんのりと朱に染まった頬を撫でた。
「どうして名前で呼ぶのよ」
ぱちっと開いた瞳にアルバートの顔が映った。このままその透き通る蒼に呑まれそうだ。
「…ここには私と貴女しかいないから」
マリオンは自分の頬を撫でる手を掴むと、唇を寄せてそのまま彼の掌に「ずるい」と呟いた。
「何がずるいと言うんですか」
アルバートの掌の中で唇が小さく動く。瞳は再び閉じられた。
「聞こえない」
顔を近づけて、唇から手を離すとそのまま両手でマリオンの頬を包み込んだ。
「聞こえない、マリオン」
「なにも言ってないもん」
鼻と鼻が触れる位置まで顔を近づける。
「アル…起こしてくれるんじゃないの?」
そう言いながらマリオンは彼の首元へ手を伸ばした。
口づけの合間にマリオンが視線を窓の方に向けているのに気づいた。こちらに引き寄せ唇を重ねる。そして頬へ耳元から首筋へ、口づけながらマリオンの体を辿っていく。
「何を見ている」
マリオンの手がアルバートの髪を撫でる。
「月が…ほら」
明るい水色の中に半月が浮いていた。空の色にそのまま溶けて消えてしまいそうな儚い白い月だ。
「貴女がそんなに月が好きだとは知らなかった」
「ただ…前にも、ここから見えたから。それだけ」
あの青いしじまの中の、上擦る囁きと乱れ絡む吐息が耳に蘇る。
そして今、彼女の白い肌を照らすのは月ではなく陽の光だ。幻のようにあやふやだった輪郭は鮮明に映し出されて、目の前のマリオンに重なる。
「アルバート?」
ふいに体を起こした彼にマリオンは怪訝そうな顔をしつつ、自分も体を起こして床の上にぺたりと座り込んだ。
「貴女は本当にひどいプリンセスだ」
そう呟くと、立てた片膝の上に顎を乗せて瞼を閉じる。
「サロンの招待を蹴ってこんなところに来るとは」
「いけなかった…かしら?」
「勿論」
「エミールがね、教えてくれたの。アルが今日の午後から…」
アルバートは己の従騎士の軽率さを口の中で罵った。
「聞いちゃいけなかったのかしら。謝った方がいい?」
「…勿論」
普段は勝ち気極まりないプリンセスが、なぜか神妙な面持ちでおずおずと訊ねる様子から、自分が相当に不機嫌な顔をしているらしいことに気づいた。
「ごめんなさい」
違う。マリオンはおもむろに立ち上がった。背を向けて乱れた衣服を直し、髪を手で後ろへ流して整える。
「でも、アルをちょっと驚かすことができたから、まあいいか」
違う。彼女は振り返り、こちらを覗き込んでにっこりと微笑む。
「部屋に戻ります」
違う、そうではない。
弾かれたように立ち上がり、咄嗟にマリオンの手を掴んでいた。
「アル?」
貴女は本当に勝手すぎる。
それが声になって届いたのか、ベッドの上に押し倒されながらもマリオンは薄く笑って、アルバートのネクタイを引き解いた。
その眼差しは、これ以上ないくらい胸の奥を締め付けて離さない。彼の内を深く抉るように暴きだす。惹き込まれるままに噛み付くような口づけを繰り返し、服を脱ぐのも脱がせるのももどかしく、 微かに震えるマリオンの身体を抱き込んだ。
「…どうして?」
余裕のない愛撫に身を捩らせながら、掠れた声でマリオンは訊ねる。答えなどとっくに知っている筈なのに。そして、その問いへの答えは変わることはない。
「貴女が欲しい、それだけだ」
それ以上の、決定的な一言の代わりにアルバートは僅かに開いた彼女の膝を割り、身体を重ねる。
昼の光の届かないその影の中で、愉悦の波に吞み込まれ揺られながら。
ベッドの上に盛大に散らかった服や掛布の中から、ようやく眼鏡を探しあてて掛けなおすと、マリオンはアルバートの外套の裾を握ったまま眠っていた。そのあどけない寝顔のどこに、さきほどまでの恍惚に耽る艶めいた表情が隠れているのか。おさまった筈の身体の燠が燻り始める前に、彼は服を纏い始めた。
外套は…と、マリオンを見つめて小さく息をつくと、彼女の背中に掛けておくことにした。
一旦ベッドから離れ本棚の脇の書斎机に向かう。引き出しの取っ手に手を掛けたところで振り返り、ベッドの上で人の服を布団に丸まっている眠り姫を眺めた。
午後の陽が西に傾き始めた頃。
「…アル?」
プリンセスが目覚めたようだ。細く掠れた声で自分の名を呼ばれるのは妙にくすぐったい。
窓辺のソファで読んでいた本から目を離しベッドを見ると、プリンセスの身体がもそもそと動くのが見えた。彼の外套を被ったまま半身を起こし、ぼんやりとしているようだ。何やら首の周りをさすり、自分の胸元を覗き込んでいる。気づいたのだろうか。
「マリオン」
今度はこちらから声をかける。マリオンが返事をするかわりに身じろぐと、肩に掛かっていた外套がするりと落ちて、白い背中が露になった。そしてゆっくりとこちらを向いて
「にゃあ」
と鳴いた。
彼女の白い胸元には、月の光を閉じ込めた石が淡く煌めいていた。
天空のましろの月はとうにその姿を隠しているのを、二人は知らない。
fin.
Per te sogno non finito と同時に書き始めたんですね、これ。で、途中で詰まっちゃったんで、finitoの方を先に仕上げたんですけども。
そして、その後書き始めたらなんとなく続編のようになってしまいました。同じシチュを繰り返しているっていう。あ、タイトルは「お気に召すまま」です。ナニがお気に召すのだ、教えてこの頃の私。
このテキストを書いていた頃は、アルバートの本編配信の期待が高まっていた中、シドの告知がされてガッカリー!だったんじゃなかったかな。仲間内の間で、ですけど。懐かしいな。
本編未配信のキャラクターを好きになると、本編がなくて色々寂しくはあるんですけれども、断片的な情報をかき集めて触媒にし、大いなる作業に没頭出来る(妄想)という楽しみもあるんですよね。って、それは少数派かも知れませんが。
長らくサブキャラであった彼も無事本編が配信されて、しかも良いストーリーと来れば嬉しいことに間違いありません。
本編待ちの暇つぶし(?)に書き綴っていたこのテキスト群、更新途中のものは完結させてからお役御免としたいと思います。
柔らかな日差しも、梢を抜けて行く涼やかな風も、今の彼の気を惹く事は出来なかった。
「異状ありません」
彼の姿に気づいた衛兵はさっと敬礼をする。 騎士団長はその怜悧な眼差しで彼を一瞥し、庭園へ続く小門を通り抜ける。
野薔薇の茂みの奥にもその姿は見えなかった。西奥の例の庭園にも居なかったから、多分城館のどこかにいるのだろう。
ウィスタリアのプリンセスと外務官僚がシュタインに来て1週間が経つ。交易相との会談の為の非公式訪問だったのだが、帰国間際に国境付近の道路の崩落事故があり、復旧するまで滞在することとなったのだった。
官僚はここぞとばかりに外交に精を出す一方でプリンセスは、と言えば。さしたる用事もなければ、ただ徒に時間を潰すのみなのか。彼女は貴婦人達のサロンには あまり興味を示さない。今日もとある公爵夫人からの招待を体調不良と偽って欠席し、挙げ句の果てに部屋から脱走(女官の報告)ときている。
恒例化しつつある、この「かくれんぼ」に呆れながらもつき合っている自分に苦笑する。
門兵の言葉通り、庭園には誰もいなかった。ひょっとしたら彼の目を盗んで行き来したのかも知れないが、当人の姿がないのだから仕方がない。
明るい外から一転して、薄らと影を落とす城内の廊下に踏み入れたとき。
ぱたぱたと駆けてくる足音が後ろから響いてきた。
「アルバート様!」
プリンセス付の『小賢しい』女官は彼に追いつくと、挨拶もそこそこに息を切らしながら話し出す。
「マリオン様は?まだお部屋に、お戻りに、なってないんです。お外にも?」
「いなかったな」
見れば分かるだろう、とアルバートは女官ルルを見下ろした。建前上は具合が悪いことになっているのだから、部屋にいなければならないことくらいわかっていた筈だ。それを見て見ぬ振りをしていただろうに、何故今更捜そうとするのだ。
ルルは大きく深呼吸すると、アルバートを見上げて口角をにっとつり上げた。
「私が捜しに行けない場所に居らっしゃるのかもしれませんわ?アルバート様」
挑むような目つきは彼女の主人のそれにも似ていて、姉妹のようだと彼は思った。ただ、彼女の射抜くような強さはこの女官にはない。
「捜しに行けない場所だと?」
確かに彼女は一介の女官であり、ウィスタリアの人間だ。自由にこの城内を歩けるわけではないが、これの主人同様、持ち前の機転と行動力で、大抵の場所に足を踏み入れているではないか。ひょっとして国王の?と思ったがそれはさすがにあり得ない、と思い至ったとき。まさか。
女官はこちらの表情に気づいたのか、その顔は完全に笑顔となった。
「ええ。さすがアルバート様、お気づきなのですね?」
こいつは。人が気づいたのをしてやったりな顔で眺めてくるとは。更に女官の言葉で彼女の居場所にようやく見当がついたという事にも腹が立つ。
「わかった。ひとまず礼は言っておく」
どういたしまして、とルルは恭しくお辞儀をした。
踵を返し先を急ごうとする騎士団長に、ルルは声をかける。
「アルバート様。お忘れにならないでくださいね?」
アルバートは振り返った。
「くれぐれもお願い致します。私達はシュタインのものではございません。ウィスタリアに帰る者なのですから」
頭を下げたままの女官の表情は見えない。彼は「わかっている」と小さく呟いた。その遠回しな牽制の言葉に、彼の国の一筋縄ではいかない若手国王側近達の顔がちらついた。それなら外になど出さず、首に縄でもつけて檻の中に閉じ込めておけば良い。
『いいえ?プリンセスの命令には逆らえませんし、なにしろ貴国の陛下は我がプリンセスをことのほかお気に召したご様子ですから』と、教育係が口元だけに笑みを浮かべて語った言葉を思い出す。
女官の去った後、説明のつかない苦々しい気分を振り切るように、アルバートは目的の場所に向かって歩き出した。
長逗留の気晴らしになれば、と晩餐会が開かれることになったのは、3日前のことだったか。
「これもお似合いですわ、プリンセス」
「こちらの薔薇のレースも素晴らしいと思いますわ」
扉を開けたその先に、テーブルを囲んでウィスタリアのプリンセスとその周りにいつもの女官と侍女、そして商人風の男女が2人控えていた。
「これは一体なんだ?」
彼らはプリンセスの応接間にやってきた騎士団長の声に気づくと、銘々に彼に向かって挨拶のお辞儀をし奥へ下がる。
テーブルの許にはプリンセスと彼女のお付の女官が残った。
「ごきげんよう、アルバート
プリンセスはちょっと驚いた顔で、でもすぐに目を細めてアルバートに柔らかく微笑んだ。ああ、と口の中で小さく返事をする。いまだにこの笑顔には慣れない。ふと横に目をやると、女官が口元を押さえて俯いていた。
「ルル?もう…、お止しなさいったら」
ごめんなさい〜とルルは両手で顔を覆って大きく息を吐いた。何がおかしいのだ全く嫌みな女官だ、とアルバートは忌々しく思った。
「ええと、もう時間なのかしら?」
彼はプリンセスが城下視察(という名の外出)をしたいと言うので、ここへ足を運んだのだが。
「いえ。少々早かったようですね。出直します」
「ううん。いいの待っててくれる?もう終わるから」
聞けば、晩餐会用の衣装に合わせるためのアクセサリーを選んでいたという。王室御用達の宝飾商が呼ばれ、ここに控えているのだ。急な予定のために衣装の新調は間に合わないので、装飾品のみを誂えることになった。プリンセスは固辞したが、国王の強い勧めによりようやく首を縦に振ったのだった。
「じゃあ、これにするわ」
プリンセスはテーブルの上の数々の装飾品から、シルクのバラとオパールを組み合わせたヘアピンと、そして先ほどから手にしていたレースのストールを選んだ。
ね?プリンセスはアルバートに向かって目だけで頷いた。自分が気に入ったならそれでいいではないかとは思ったが、選んだ髪飾りとストールはきっと…
「私もそれが一番お似合いかと!」
ルルは両手を合わせて喜んだ。自分が最初にプリンセスに勧めたものだったから。騎士団長は苦々しい面持ちで睨んだが彼女は気づかず、プリンセスだけがこちらを見て小さく笑っていた。
改めてお試ししましょう、と侍女と女性のテイラーに連れられてプリンセスは用意してある衣装のある次の間へ消えて行った。
やはりもうしばらくかかりそうだ、とアルバートは腕を組みテーブルの上を眺めた。プリンセスが選んだものよりもずっと豪華で煌びやかなものが幾らでもあるのに。多分それらも彼女に似合うだろう。なのにそれらを選ばず手にもしてなかったところが彼女らしいと思った。
眺めているうち、それらの一つにアルバートの視線が止まった。よく見かける宝石とは違う、淡い輝きの乳白色の石。金の縁取りに嵌められた小さな石を彼は見つめていた。
「なにか気になるものがございましたでしょうか?」
側に控えていた男の宝飾商が、騎士団長に声をかけた。
アルバートは自分の私室に来ていた。
侍従がきちんと掃除を終えた状態で部屋は静まり返っていた。 ぐるりと見渡して、もう一つの扉へ向かう。
自分の部屋なのだから何も気にすることはない筈だが、静かにノブを回し音を立てないように少しだけ扉を開けて寝室へ体を滑り込ませた。
誰も、いない。だが。
明らかにその部屋の様子は違っていた。ベッドはきれいに整えられたままだが、その奥の本棚をみると、所々隙間が空いている。アルバートはゆっくりと本棚に近づき、床に落ちている一冊を拾った。
「どこにいるんです?プリンセス」
返事はない。ベッドの下を覗いてみると隠したつもりなのか、抜き取られた本が並べて置かれていただけだった。クローゼットか?と思い開いてみるがそこにもいなかった。
「…プリンセス?」
どこに隠れているんだ、と窓の外も見てみたが、さすがにそこは人の体を隠せるような場所ではない。振り返ってもう一度本棚に視線を戻す。ところどころに出来た本の隙間の位置と間隔を眺めると、もう一度そこへ近づいた。
「プリンセス、いい加減にしてください」
アルバートは本棚を見上げた。全く信じられない話だ。
「木に登るどころか」
アルバートは盛大に息を吐いた。
「本棚の上に登るとは。貴女は馬鹿ですか」
確かに人一人、プリンセスくらいの体なら余裕で乗ることが出来るほどの大きさの本棚ではあったが。それは本を置く為の棚で人を載せる棚ではない。
「だーって。普通に隠れたらすぐに見つかっちゃうじゃない?」
本棚の一番上に、寝そべるように体を横にし膝を曲げて両肘を着いてこちらを見下ろすプリンセスがいた。
プリンセスは降りる気配を見せていない。ドレスの腰のリボンがほどけて棚から垂れている。
「…猫ですか」
「にゃあ」
その可憐な鳴き声に、アルバートは思わず口元が緩みそうになるのを慌てて咳払いで抑えた。ここはきちんと戒めなければいけない。ウィスタリアの教育係に少なからず同情した。
「ふざけてないでさっさと降りてください」
そっぽを向いて、片手で頬杖をつきながらもう片方の手で解けたリボンを持ってくるくると振っている。猫のふりを続けるつもりなのか。
「そのまま飛び降りればいいでしょう」
どうせ下はベッドだ。そのつもりでプリンセスもよじ登ったに違いない。が、いつまでもこのままでは時間を無駄にしてしまう。
「…マリオン!」
「えっ?」
プリンセスが驚いた瞬間、彼女の肘が棚の上から外れて体のバランスを崩した。
「きゃ…」
そのままベッドの上にどさっと落ちたかと思うと…運悪くそこはアルバートから向こう側のベッドの端で、プリンセスの体はさらに床の上に転がり落ちてしまった。
硬いもの(頭)がぶつかる鈍い音とともに「いったあ…」というプリンセスの「人間」の言葉が聞こえてきた。
マリオンのそばに駆け寄ると、彼女は床に仰向けに寝転がったままだった。長い髪が彼女の顔を覆い隠して、紅い唇しか見えない。
「着地が下手な猫など聞いたことがない」
小さな笑い声がその唇から洩れた。
「大丈夫か?」
アルバートは膝をついて、覆いかぶさるように真上からマリオンの顔を覗き込んだ。
「うん。失敗失敗」照れ隠しの言葉と共に唇から舌先が小さく覗いた。
ゆっくりと指でマリオンの顔にまとわりつく絹糸のような髪を払いのけてゆく。少しくすぐったそうに閉じた瞼をそっとなぞり、ほんのりと朱に染まった頬を撫でた。
「どうして名前で呼ぶのよ」
ぱちっと開いた瞳にアルバートの顔が映った。このままその透き通る蒼に呑まれそうだ。
「…ここには私と貴女しかいないから」
マリオンは自分の頬を撫でる手を掴むと、唇を寄せてそのまま彼の掌に「ずるい」と呟いた。
「何がずるいと言うんですか」
アルバートの掌の中で唇が小さく動く。瞳は再び閉じられた。
「聞こえない」
顔を近づけて、唇から手を離すとそのまま両手でマリオンの頬を包み込んだ。
「聞こえない、マリオン」
「なにも言ってないもん」
鼻と鼻が触れる位置まで顔を近づける。
「アル…起こしてくれるんじゃないの?」
そう言いながらマリオンは彼の首元へ手を伸ばした。
口づけの合間にマリオンが視線を窓の方に向けているのに気づいた。こちらに引き寄せ唇を重ねる。そして頬へ耳元から首筋へ、口づけながらマリオンの体を辿っていく。
「何を見ている」
マリオンの手がアルバートの髪を撫でる。
「月が…ほら」
明るい水色の中に半月が浮いていた。空の色にそのまま溶けて消えてしまいそうな儚い白い月だ。
「貴女がそんなに月が好きだとは知らなかった」
「ただ…前にも、ここから見えたから。それだけ」
あの青いしじまの中の、上擦る囁きと乱れ絡む吐息が耳に蘇る。
そして今、彼女の白い肌を照らすのは月ではなく陽の光だ。幻のようにあやふやだった輪郭は鮮明に映し出されて、目の前のマリオンに重なる。
「アルバート?」
ふいに体を起こした彼にマリオンは怪訝そうな顔をしつつ、自分も体を起こして床の上にぺたりと座り込んだ。
「貴女は本当にひどいプリンセスだ」
そう呟くと、立てた片膝の上に顎を乗せて瞼を閉じる。
「サロンの招待を蹴ってこんなところに来るとは」
「いけなかった…かしら?」
「勿論」
「エミールがね、教えてくれたの。アルが今日の午後から…」
アルバートは己の従騎士の軽率さを口の中で罵った。
「聞いちゃいけなかったのかしら。謝った方がいい?」
「…勿論」
普段は勝ち気極まりないプリンセスが、なぜか神妙な面持ちでおずおずと訊ねる様子から、自分が相当に不機嫌な顔をしているらしいことに気づいた。
「ごめんなさい」
違う。マリオンはおもむろに立ち上がった。背を向けて乱れた衣服を直し、髪を手で後ろへ流して整える。
「でも、アルをちょっと驚かすことができたから、まあいいか」
違う。彼女は振り返り、こちらを覗き込んでにっこりと微笑む。
「部屋に戻ります」
違う、そうではない。
弾かれたように立ち上がり、咄嗟にマリオンの手を掴んでいた。
「アル?」
貴女は本当に勝手すぎる。
それが声になって届いたのか、ベッドの上に押し倒されながらもマリオンは薄く笑って、アルバートのネクタイを引き解いた。
その眼差しは、これ以上ないくらい胸の奥を締め付けて離さない。彼の内を深く抉るように暴きだす。惹き込まれるままに噛み付くような口づけを繰り返し、服を脱ぐのも脱がせるのももどかしく、 微かに震えるマリオンの身体を抱き込んだ。
「…どうして?」
余裕のない愛撫に身を捩らせながら、掠れた声でマリオンは訊ねる。答えなどとっくに知っている筈なのに。そして、その問いへの答えは変わることはない。
「貴女が欲しい、それだけだ」
それ以上の、決定的な一言の代わりにアルバートは僅かに開いた彼女の膝を割り、身体を重ねる。
昼の光の届かないその影の中で、愉悦の波に吞み込まれ揺られながら。
ベッドの上に盛大に散らかった服や掛布の中から、ようやく眼鏡を探しあてて掛けなおすと、マリオンはアルバートの外套の裾を握ったまま眠っていた。そのあどけない寝顔のどこに、さきほどまでの恍惚に耽る艶めいた表情が隠れているのか。おさまった筈の身体の燠が燻り始める前に、彼は服を纏い始めた。
外套は…と、マリオンを見つめて小さく息をつくと、彼女の背中に掛けておくことにした。
一旦ベッドから離れ本棚の脇の書斎机に向かう。引き出しの取っ手に手を掛けたところで振り返り、ベッドの上で人の服を布団に丸まっている眠り姫を眺めた。
「半貴石ではございますが、プリンセスにも一度ご覧頂きたいと思いまして、お持ちしました」
宝石商は目を細めて騎士団長を見上げた。
「珍しい石なのか?」
「珍しいと言えばそうかも知れません。これは月長石といいます。今回稀に見る高品質の石が入りましたので」
見た目の通りその色と輝きが月の光のように美しく…などという商人の説明の言葉は遠ざかり、彼の脳裏に浮かぶのはあの青白い晩のことだった。
「ネックレスよりも、チョーカーの方がよろしいかと思いますわ」
突然背後から若い女の声がしたので振り返ると、テイラーより一足早くプリンセス付の女官が戻ってきていた。意味ありげに口の端に笑みを浮かべている。嫌な予感しかしない。
「なんのことだ」
「プリンセスは金属の鎖がお好みではないのです。リボンにしていただけますか?」
何を勝手に頼んでいるのだと呆気にとられていると、女官は小首を傾げて騎士団長を見上げた。彼の瞳をじっと覗き込む。
「そうね。ベルベットがいいわ、うん。セピア色のベルベットにしてくださる?」
宝石商は女官と騎士団長を交互に見やりながら「かしこまりました」と頭を下げた。
「貴様…」
「アルバート様? ルルはアルバート様のお手伝いをしただけにございます」
悪びれもせず、澄ました声でさらっと返し
「きっとお喜びになりますよ」
と、ごくごく小さくアルバートにだけ届く声で付け足した。
午後の陽が西に傾き始めた頃。
「…アル?」
プリンセスが目覚めたようだ。細く掠れた声で自分の名を呼ばれるのは妙にくすぐったい。
窓辺のソファで読んでいた本から目を離しベッドを見ると、プリンセスの身体がもそもそと動くのが見えた。彼の外套を被ったまま半身を起こし、ぼんやりとしているようだ。何やら首の周りをさすり、自分の胸元を覗き込んでいる。気づいたのだろうか。
「マリオン」
今度はこちらから声をかける。マリオンが返事をするかわりに身じろぐと、肩に掛かっていた外套がするりと落ちて、白い背中が露になった。そしてゆっくりとこちらを向いて
「にゃあ」
と鳴いた。
彼女の白い胸元には、月の光を閉じ込めた石が淡く煌めいていた。
天空のましろの月はとうにその姿を隠しているのを、二人は知らない。
fin.
初出:2013年10月29日
Per te sogno non finito と同時に書き始めたんですね、これ。で、途中で詰まっちゃったんで、finitoの方を先に仕上げたんですけども。
そして、その後書き始めたらなんとなく続編のようになってしまいました。同じシチュを繰り返しているっていう。あ、タイトルは「お気に召すまま」です。ナニがお気に召すのだ、教えてこの頃の私。
このテキストを書いていた頃は、アルバートの本編配信の期待が高まっていた中、シドの告知がされてガッカリー!だったんじゃなかったかな。仲間内の間で、ですけど。懐かしいな。
本編未配信のキャラクターを好きになると、本編がなくて色々寂しくはあるんですけれども、断片的な情報をかき集めて触媒にし、大いなる作業に没頭出来る(妄想)という楽しみもあるんですよね。って、それは少数派かも知れませんが。
長らくサブキャラであった彼も無事本編が配信されて、しかも良いストーリーと来れば嬉しいことに間違いありません。
本編待ちの暇つぶし(?)に書き綴っていたこのテキスト群、更新途中のものは完結させてからお役御免としたいと思います。
Sep 8, 2014
Per te sogno non finito
黝い無地の空に下弦の月が昇り始めた頃。
それは騎士団長アルバートの、予定外の些末な案件が重なりに重なった公務が片付いた時間だった。控えの従騎士を先に下がらせ、ひとり執務室の扉を閉じる。
本来ならば星見の晩餐に出席する筈だったのだが、それは国王主催のものではなく急ごしらえの文官の宴であったので、アルバートがそれを優先させる必要はなかった。
必要はなかったはずだが。
静まり返った長い廊下を歩きながら、彼はふと立ち止まった。眼鏡をそっと指で押し上げて、窓の外を見つめる。
朧な光が中庭を藍色に染めていた。深更の空には願いを叶える星の姿は既にない。東の空に浮かぶ月が放つ淡く青白い光が、その姿を消してしまったのだろう。
半分に欠けた月の姿は冴え冴えと遠く、つい彼女の横顔を重ねてしまった自分に苦笑する。彼女はもう眠りについた頃だろうか?
自室に戻り、服を着替えようと寝室の扉を開けようとしたとき。いつもと違う雰囲気にアルバートは眉を顰めた。
静かに扉の取っ手をまわして、音を立てずに暗い部屋に入る。オイルランプの火を床燭台に移すとぼんやりと明るくなった。
そして。ベッドの上を見た瞬間、アルバートは首を横に振り大きく嘆息した。
ベッドの真ん中に窓側を背にし緩く手足を丸めて、すやすやと寝息まで立てて眠るプリンセスの姿がそこにあった。
寝間着の上にガウンを羽織っただけという、プリンセスにあるまじき格好で。他人の、それも男の部屋に、更に真夜中に、勝手に入り込んで眠っているとは何事だ。
とはいえ、さすがにアルバートにも察しはつく。晩餐会に出なかったのが気になったのだろう。朝まで待てなかったのか。彼女は自分の行動がどういうものか、わかっているのだろうか? 胸の奥を掴まれるような感覚が、アルバートにやるせない笑みを浮かべさせた。
再び一つ息を吐き出すと、ベッドの上のプリンセスを見下ろす。
主に断りもなくお行儀良く枕の上に足を乗せて、つまりは彼女は逆さまの位置で寝ているのだが。シーツに広がる長い金の髪は幽かな灯りに淡く煌めき、無防備に横たわる体の曲線のその先の、ガウンの裾が乱れて裸足の足首から白いふくらはぎが覗いていた。
つい、と目を反らしサイドテーブルを見やると、トレイに瓶とグラスが2つ置かれているのに気づいた。ワインのボトルかと思ったが、それは見た事もない琥珀色の瓶で、ラベルには異国の文字が書かれている。グラスの片方の底にはそのボトルの中身と思われる液体が残っていた。
待っている間に飲んでいたのだろう。
嵌めていた革の手袋を外し、続いて剣帯を外して椅子に置き、重い外套を脱いでそれも椅子の背に掛けた。
「プリンセス」
そっと声をかける。
何も反応がない。ベッドに膝を付いて上がると彼女の顔を覗き込んだ。
「起きてください、プリンセス」
軽く肩を揺すってみる。くぐもった声の混じった吐息が漏れ、長い睫毛が震えたものの伏せられたままで開く気配がない。
「プリンセス?」
もう一度肩に手をかけると、彼女は手を少し伸ばしたかと思えば体を捩って、アルバートの反対側を向いてしまった。
熟睡しているのか。そして寝相が悪いのか。そっと顔を覗き込むと、彼女の吐息がふわりと鼻を掠める。微かなアルコールと、甘く柔らかな花のような匂いがして引寄せられる。
「…ん」プリンセスが小さく息をついた。アルバートは慌てて体を起こし、声をかけようとしたが。
また、ころんと彼の向こう側へ寝返りをうってしまった。本当に寝ているのだろうか。
「おい」
先ほどまでとは違った、低い声で呼ぶ。
「プリンセス」
声をかけた途端、プリンセスは更にもう一回転して、アルバートから離れる。肩が小刻みに揺れていた。
「目を覚ませ、プリンセス」
アルバートはプリンセスを起こそうと、手を伸ばした。が。こちらが見えない筈の彼女はするりとその手を躱して再び体を捩って逃れようとし。
ベッドの上から姿を消した。
正確に言えばベッドから転げ落ちた。
ごつんと鈍い音がし、小さなうめき声がアルバートの耳に届く。
「…やれやれ」
ベッドの下から手が現れ、ひらひらと振っている。
「…おかえりなさい」
ほんの少し掠れたその声は、甘い響きで彼の内をさざめかせた。
「まったく、貴女というひとは」
抱き起こそうとしたら、ぐいと腕を引っ張られプリンセスの体の上に倒れ込んでしまった。咄嗟に腕を付き、体重がかからないよう上半身だけ起こす。
「…だめ」
プリンセスの手がアルバートの頭をぐっと押さえ込む。こちらを見つめる青い眼差しに引き込まれるように唇を重ねようとすると
「…だめ、待って」
今度は口を押さえられた。一体なんなのだ。
「マリオン」
「うん…見て?」
彼女の視線を目で追うと、それはカーテンが開いたままの窓辺に辿り着いた。
「ほら、月が見える」
先ほど見かけた半月が、窓の向こうの空高く浮かんでいる。
「ベッドの上からだと見えないけれど」
「ああ…」
「晩餐会のときは見えなかったのに」
「あの月は夜中にならないと見えない」
そうなの…、と呟くマリオンの口を唇で塞ぐ。一度重なった唇は離すのが難しく、何度も角度を変え深い口づけを繰り返した。床の上のマリオンの手がアルバートの首から背中へ絡み付き、やがて再びゆっくりと滑り落ちて行くまで。
「晩餐会で、変わったお客さまがいて」
ようやく口が自由になったマリオンは、思い出したように話し始めた。
「客…?」
彼女の細い指がアルバートの短い髪を梳き、彼の眼鏡の弦に触れた。
「眼鏡、外さないの?アルの目をすぐ近くで見たい」
「貴女が見えなくなってしまうから駄目だ」
えー、と小さく頬を膨らめてマリオンはアルバートの眼鏡のブリッジを爪の先で弾いた。
「何をする」
くすくす笑う彼女の鼻の頭を噛むように口づける。
「遠い国から船でやってきた方。アルのように黒い髪で、アルのような」
そこで一旦言葉を切る。マリオンの両手が確かめるようにアルバートの頬を撫でてゆく。
「…アルのような切れ長の目をしていたの」
遥か東方の国からの使者が来訪したのは聞いていた。アルバートの公務に重なった案件の一つでもある。興味を持った国王がそのまま晩餐の席に招いたのだ。使者の風貌についてのマリオンの語り様が少々癪に障る。
「そして。月の話をしてくれたの、星じゃなくてね」
アルバートはマリオンの唇の横を掠めるように口づけ、そのまま頬から耳元にかけて唇を這わす。
「アルバート…」
やめて、という制止の呼びかけではなかったので、彼はそのまま首筋に顔を埋めたまま訊ねた。
「どんな話?」
「月には大きな宮殿があって、そのお庭にとても大きな桂という木が生えてるんですって。どれくらい大きいかっていうと…」
マリオンは体を捩った。
「くすぐったいってば。聞いてる?」
「聞いている」
首筋を辿って鎖骨へ。マリオンの肩が震える。
「眼鏡が冷たいの。外して?」
「嫌だ。貴女をよく見たいから」
アルバートはマリオンのガウンに手をかけた。ベッドの上に引き戻すことは既に頭になく、目の前の彼女を自分の内に閉じ込めることだけが彼を支配していた。
ようやく話し終えると、マリオンは堪えきれず息をつき、小さく喘いだ。
マリオンの潤んだ瞳がアルバートを見上げた。話している間中、与えられ続けた熱にその瞳を細めて彼の体に縋り付く。
「私なら… 自分の力で…会いにいくのにな…」
「貴女ならやりかねないな」
そういう自分は?アルバートは体を起こし、剥き出しになったマリオンの脚を持ち上げた。
「私が迎えに行くまで待てないのですか?」
そう続けるのがやっとだった。自分の熱を更に奥深く埋め込む。
悲鳴とも嬌声ともつかない短い声を上げ、マリオンは白い喉をのけ反らせた。
腕の中のぬくもりが消えている事に気がついた。掛け布も敷布も引きずり降ろし硬い床の上で転寝していたらしい。体を起こし、ベッドを見たが姿がない。振り返ると、窓辺に彼女のしなやかな背中を晒した姿があった。本当に無防備で頓着がないプリンセスだ。
「服くらい着てください。それとも」
マリオンの背中から纏った掛け布ごと包み込むように抱きしめて、耳元で囁く。
「まだ煽るんですか」
「ばか」
首だけ振り返ったマリオンにアルバートは口づけた。
月は闇の色を従えて中空のはるか彼方に登っているが、地上は薄らと白み始めていた。
「丹桂っていうんですって」
「何が?」
「月に生えている桂のことよ。すごくいい香りの花が咲くんだって」
いい香りなら、この腕の中にある。
fin.
オマケ【夢逢瀬】
星より月の方が話のモチーフとしては使いやすいような気がします。ということでイベントの願いを叶える星から強引に月へ話を引っ張ってみました。
そういえば、最初のアルBDにも月が出てきましたな :p
話を書きながら、ふと自問自答。これ…星も月も見えるってどういう状態よ?フツー星が綺麗に見えるときって月は邪魔でしかないけど、登場してもらわなきゃならないから(笑)話の都合上、お月様には遅めの出番にしてもらうべくちょっと欠けてもらいました。なので下弦の月なのです。
(アプリに満月に星が一面に広がる空の立ち絵の背景がありますよね。あれ、きれいだけど、作り話だからいいじゃんといえばいいじゃんだけど… 個人的には想像し辛いものがあります…)
それは騎士団長アルバートの、予定外の些末な案件が重なりに重なった公務が片付いた時間だった。控えの従騎士を先に下がらせ、ひとり執務室の扉を閉じる。
本来ならば星見の晩餐に出席する筈だったのだが、それは国王主催のものではなく急ごしらえの文官の宴であったので、アルバートがそれを優先させる必要はなかった。
必要はなかったはずだが。
静まり返った長い廊下を歩きながら、彼はふと立ち止まった。眼鏡をそっと指で押し上げて、窓の外を見つめる。
朧な光が中庭を藍色に染めていた。深更の空には願いを叶える星の姿は既にない。東の空に浮かぶ月が放つ淡く青白い光が、その姿を消してしまったのだろう。
半分に欠けた月の姿は冴え冴えと遠く、つい彼女の横顔を重ねてしまった自分に苦笑する。彼女はもう眠りについた頃だろうか?
自室に戻り、服を着替えようと寝室の扉を開けようとしたとき。いつもと違う雰囲気にアルバートは眉を顰めた。
静かに扉の取っ手をまわして、音を立てずに暗い部屋に入る。オイルランプの火を床燭台に移すとぼんやりと明るくなった。
そして。ベッドの上を見た瞬間、アルバートは首を横に振り大きく嘆息した。
ベッドの真ん中に窓側を背にし緩く手足を丸めて、すやすやと寝息まで立てて眠るプリンセスの姿がそこにあった。
寝間着の上にガウンを羽織っただけという、プリンセスにあるまじき格好で。他人の、それも男の部屋に、更に真夜中に、勝手に入り込んで眠っているとは何事だ。
とはいえ、さすがにアルバートにも察しはつく。晩餐会に出なかったのが気になったのだろう。朝まで待てなかったのか。彼女は自分の行動がどういうものか、わかっているのだろうか? 胸の奥を掴まれるような感覚が、アルバートにやるせない笑みを浮かべさせた。
再び一つ息を吐き出すと、ベッドの上のプリンセスを見下ろす。
主に断りもなくお行儀良く枕の上に足を乗せて、つまりは彼女は逆さまの位置で寝ているのだが。シーツに広がる長い金の髪は幽かな灯りに淡く煌めき、無防備に横たわる体の曲線のその先の、ガウンの裾が乱れて裸足の足首から白いふくらはぎが覗いていた。
つい、と目を反らしサイドテーブルを見やると、トレイに瓶とグラスが2つ置かれているのに気づいた。ワインのボトルかと思ったが、それは見た事もない琥珀色の瓶で、ラベルには異国の文字が書かれている。グラスの片方の底にはそのボトルの中身と思われる液体が残っていた。
待っている間に飲んでいたのだろう。
嵌めていた革の手袋を外し、続いて剣帯を外して椅子に置き、重い外套を脱いでそれも椅子の背に掛けた。
「プリンセス」
そっと声をかける。
何も反応がない。ベッドに膝を付いて上がると彼女の顔を覗き込んだ。
「起きてください、プリンセス」
軽く肩を揺すってみる。くぐもった声の混じった吐息が漏れ、長い睫毛が震えたものの伏せられたままで開く気配がない。
「プリンセス?」
もう一度肩に手をかけると、彼女は手を少し伸ばしたかと思えば体を捩って、アルバートの反対側を向いてしまった。
熟睡しているのか。そして寝相が悪いのか。そっと顔を覗き込むと、彼女の吐息がふわりと鼻を掠める。微かなアルコールと、甘く柔らかな花のような匂いがして引寄せられる。
「…ん」プリンセスが小さく息をついた。アルバートは慌てて体を起こし、声をかけようとしたが。
また、ころんと彼の向こう側へ寝返りをうってしまった。本当に寝ているのだろうか。
「おい」
先ほどまでとは違った、低い声で呼ぶ。
「プリンセス」
声をかけた途端、プリンセスは更にもう一回転して、アルバートから離れる。肩が小刻みに揺れていた。
「目を覚ませ、プリンセス」
アルバートはプリンセスを起こそうと、手を伸ばした。が。こちらが見えない筈の彼女はするりとその手を躱して再び体を捩って逃れようとし。
ベッドの上から姿を消した。
正確に言えばベッドから転げ落ちた。
ごつんと鈍い音がし、小さなうめき声がアルバートの耳に届く。
「…やれやれ」
ベッドの下から手が現れ、ひらひらと振っている。
「…おかえりなさい」
ほんの少し掠れたその声は、甘い響きで彼の内をさざめかせた。
「まったく、貴女というひとは」
抱き起こそうとしたら、ぐいと腕を引っ張られプリンセスの体の上に倒れ込んでしまった。咄嗟に腕を付き、体重がかからないよう上半身だけ起こす。
「…だめ」
プリンセスの手がアルバートの頭をぐっと押さえ込む。こちらを見つめる青い眼差しに引き込まれるように唇を重ねようとすると
「…だめ、待って」
今度は口を押さえられた。一体なんなのだ。
「マリオン」
「うん…見て?」
彼女の視線を目で追うと、それはカーテンが開いたままの窓辺に辿り着いた。
「ほら、月が見える」
先ほど見かけた半月が、窓の向こうの空高く浮かんでいる。
「ベッドの上からだと見えないけれど」
「ああ…」
「晩餐会のときは見えなかったのに」
「あの月は夜中にならないと見えない」
そうなの…、と呟くマリオンの口を唇で塞ぐ。一度重なった唇は離すのが難しく、何度も角度を変え深い口づけを繰り返した。床の上のマリオンの手がアルバートの首から背中へ絡み付き、やがて再びゆっくりと滑り落ちて行くまで。
「晩餐会で、変わったお客さまがいて」
ようやく口が自由になったマリオンは、思い出したように話し始めた。
「客…?」
彼女の細い指がアルバートの短い髪を梳き、彼の眼鏡の弦に触れた。
「眼鏡、外さないの?アルの目をすぐ近くで見たい」
「貴女が見えなくなってしまうから駄目だ」
えー、と小さく頬を膨らめてマリオンはアルバートの眼鏡のブリッジを爪の先で弾いた。
「何をする」
くすくす笑う彼女の鼻の頭を噛むように口づける。
「遠い国から船でやってきた方。アルのように黒い髪で、アルのような」
そこで一旦言葉を切る。マリオンの両手が確かめるようにアルバートの頬を撫でてゆく。
「…アルのような切れ長の目をしていたの」
遥か東方の国からの使者が来訪したのは聞いていた。アルバートの公務に重なった案件の一つでもある。興味を持った国王がそのまま晩餐の席に招いたのだ。使者の風貌についてのマリオンの語り様が少々癪に障る。
「そして。月の話をしてくれたの、星じゃなくてね」
アルバートはマリオンの唇の横を掠めるように口づけ、そのまま頬から耳元にかけて唇を這わす。
「アルバート…」
やめて、という制止の呼びかけではなかったので、彼はそのまま首筋に顔を埋めたまま訊ねた。
「どんな話?」
「月には大きな宮殿があって、そのお庭にとても大きな桂という木が生えてるんですって。どれくらい大きいかっていうと…」
マリオンは体を捩った。
「くすぐったいってば。聞いてる?」
「聞いている」
首筋を辿って鎖骨へ。マリオンの肩が震える。
「眼鏡が冷たいの。外して?」
「嫌だ。貴女をよく見たいから」
アルバートはマリオンのガウンに手をかけた。ベッドの上に引き戻すことは既に頭になく、目の前の彼女を自分の内に閉じ込めることだけが彼を支配していた。
月には五百丈に及ぶ大きな桂の木が生えていて、マリオンは、体を這うアルバートの指と舌に切なげに眉を顰め息を乱し、詰まりながらも言葉を紡いでゆく。
それをひとりの男が切り倒す為に斧をふるっているという。
男は過ちを犯して王の怒りに触れ、月宮に送られた。
その桂を切り倒す事が出来れば、男は地上に戻れるのだと。
だが、切っても切っても、翌日の朝には木の切り口が塞がってしまうので、
永遠に男は木を切り続けているのだという。
また、月に囚われたひとりの美姫が、地上に遠く離された恋人の元に帰る為に、「…その国に伝わる、古い古い話だそうよ…」
男に桂の木を切らせているのだという。
切り倒された木を辿って地上に降りられるのだとも。
ようやく話し終えると、マリオンは堪えきれず息をつき、小さく喘いだ。
マリオンの潤んだ瞳がアルバートを見上げた。話している間中、与えられ続けた熱にその瞳を細めて彼の体に縋り付く。
「私なら… 自分の力で…会いにいくのにな…」
「貴女ならやりかねないな」
そういう自分は?アルバートは体を起こし、剥き出しになったマリオンの脚を持ち上げた。
「私が迎えに行くまで待てないのですか?」
そう続けるのがやっとだった。自分の熱を更に奥深く埋め込む。
悲鳴とも嬌声ともつかない短い声を上げ、マリオンは白い喉をのけ反らせた。
腕の中のぬくもりが消えている事に気がついた。掛け布も敷布も引きずり降ろし硬い床の上で転寝していたらしい。体を起こし、ベッドを見たが姿がない。振り返ると、窓辺に彼女のしなやかな背中を晒した姿があった。本当に無防備で頓着がないプリンセスだ。
「服くらい着てください。それとも」
マリオンの背中から纏った掛け布ごと包み込むように抱きしめて、耳元で囁く。
「まだ煽るんですか」
「ばか」
首だけ振り返ったマリオンにアルバートは口づけた。
月は闇の色を従えて中空のはるか彼方に登っているが、地上は薄らと白み始めていた。
「丹桂っていうんですって」
「何が?」
「月に生えている桂のことよ。すごくいい香りの花が咲くんだって」
いい香りなら、この腕の中にある。
fin.
初出:2013年10月11日
オマケ【夢逢瀬】
星より月の方が話のモチーフとしては使いやすいような気がします。ということでイベントの願いを叶える星から強引に月へ話を引っ張ってみました。
そういえば、最初のアルBDにも月が出てきましたな :p
話を書きながら、ふと自問自答。これ…星も月も見えるってどういう状態よ?フツー星が綺麗に見えるときって月は邪魔でしかないけど、登場してもらわなきゃならないから(笑)話の都合上、お月様には遅めの出番にしてもらうべくちょっと欠けてもらいました。なので下弦の月なのです。
(アプリに満月に星が一面に広がる空の立ち絵の背景がありますよね。あれ、きれいだけど、作り話だからいいじゃんといえばいいじゃんだけど… 個人的には想像し辛いものがあります…)
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