May 9, 2014

Intermezzo *Grumo di Zucchero*

控えの間の女官に呼ばれて扉を開けると、そこには黒づくめのインケン眼鏡男(プリンセス談)が立っていた。
「ブルクハルト様」
ルルは慌ててお辞儀する。
「プリンセスはいらっしゃいますか?」
「ご休憩中にございます」
「話し声が聞こえたが」
チッ…危うく舌打ちしそうになったが、その表情をおくびにも出さずにっこりと微笑む。
「失礼致しました。これからお休みになるところです。お引き取りくださいませ」
ルルは貴族然とした麗しい仕草で、ドレスの裾をつまんで腰を落としてお辞儀する。
「時間は取らせない。少し会わせていただきたい」
顔を上げると、冴え冴えとした眼差しに射すくめられ、ルルはうろたえた。
どうしよう。
マリオン様ご自身は、本当は…多分。いち、に、さん、し…口の中で数えて息を整える。
「かしこまりました」
表情の少ない騎士団長があからさまにほっとした顔を見せたので、ルルは思わず目を見開いた。
けれども。
「手短にお願い致します。この間の『ちょっとお散歩』では困ります」

女官の貼付けたような笑顔と言葉に、アルバートは一瞬彼女から目を反らし、改めて見下ろした。
「晩餐のお召し替えのとき、 私、気づきましたの」
こちらを睨め付けながら、女官は言葉を続ける。
「マリオン様のドレスが汚れておりました。まあ、外に出ると大抵…帰りは何かしら汚してお戻りになりますから、それはよろしいのです」
彼女はひと呼吸おいた。
「どういうわけでしょう。ドレスの腰のリボンが2箇所ほど、縦結びになっていたのです。
マリオン様は正直それほど器用でいらっしゃらないので、ご自分で直されたのかもしれませんが…」
「それが?」
女官の言いたいことの察しはついた。が、事実を述べようにも言い訳と捉えられるに過ぎず、過大な当て推量で面倒なことになりかねない。アルバートはため息をついた。
「申し訳ございません。私めのただのひとり言にございます」 
女官はしずしずと後ろに下がった。
「どうぞお通りください」
彼女なりに己の主人を守りたいのだろう。なぜか子猫が必死に威嚇する様が脳裏に浮かんだ。…とすると、自分がなんとなく悪者のようではないか。それは違うだろう。
「私はお茶を用意してまいります故、失礼致します」
 後ろから聞こえた女官の声にはっとした。扉のノブに手をかけたまま止まっていたらしい。彼女が去るのを確認して、アルバートはプリンセスのいる部屋の扉を叩いた。


fin.

初出:2013年8月19日





Arancia Cioccolato おまけエピソードです。一緒にupするハズが取りこぼしておりました。

取り次ぎ女官がルルを呼びに来る→騎士団長参上→マリオンの部屋に突入…ちょっと待ったー という流れです。
Grumo di Zucchero はイッタリアーノで角砂糖。とくに意味はないッスおっす。
ところでアルの目の色って何色だろ?黒?セピア?